Book In Life 迷子の本棚

読書で心を癒しましょう。テーマにあった本や映画の紹介と、その本や映画を通じて考えたことをアレコレ書いています。本に出てくるお料理の再現にも挑戦しています。

夢中になれることは、どこにあるのか

人の歳の取り方にはいろいろあるけれど、こんな分類もできます。歳を重ねるにつれて、趣味がどんどん増えていく人とだんだん減っていく人。 

私自身はというと後者の方。仕事だったり、家族のことをだったり、なんやかんやあって、一度はこれは外せないと夢中になったことから否応なしに切り離されて、それきりになってしまったりします。

このブログも、定期的に更新されるように予約投稿の設定をしておいたのに、なぜか投稿されない不具合があって、その後、怪我をして物理的に書けない時期がありまして。それで、穴を開けてはいけないという変な思い込み呪縛が緩くなったのだけれど、同時に想いも少し薄らいでしまった気がします。

情熱は、たまにやってきて、そして去っていきます。どうしたら、留めておくことができるのだろう、そんなことを考えました。

 

桂望実さんの『僕とおじさんの朝ごはん』

面倒くさがりで、手を抜くことに熱心な料理人、水島健一が料理への情熱を取り戻す話。

僕とおじさんの朝ごはん

情熱をかける対象は限られている

水島はケータリングの仕事をしていますが、料理の味へのこだわりはありません。いかに簡単に作り、そうは見せないか。食べていかれればいいので、お客の満足度にも関心がありません。

無気力に生きるようになったきっかけがあるのか。YES。

しかし、水島は生来、エネルギッシュな人間でもないのです。両親や学生時代の先輩は、労を厭う性格だと口をそろえます。ただ、料理だけは一生懸命にやっていたと。

水島は極端な例にせよ、楽をしたいと思うのは、自然な心理です。洗濯機とか、世の中の便利グッツの多くは、面倒を避けるために開発されたものですし、何事にも全力投球は理想的、模範的ではあっても、現実的には無理があります。

だから問題は、何に一生懸命になるか。何なら面倒と感じずに取り組めるかです。

あなたなら「最後に」何をしたいですか?

交通事故で左腕を失ったバレリーナ、不治の病を抱えた少年、楽に死ねる薬を探す自殺願望者たち。死と向き合う中で、水島に心境の変化が訪れ、料理への情熱をとり戻します。

なぜ、水島の情熱の矛先が料理になるかは明らかではなく、なんとなく。好きなことって、案外そんなものかもしれませんね。

夢中になれるものの見つけ方は、水島がケータリングの仕事で出向いた先で交わした会話の中にありました。会話の相手は、急死した父親の会社を継いだという社長さん。自分の出番はなく、会議で報告を聞くだけというお飾り社長の役割に飽いています。

(一部抜粋)

社長:料理は時間潰しになるかな?

水島:やりようによっては、いくらでも時間を潰せると思います

水島:料理は手を抜こうと思えばいくらでも手を抜けますし、手を掛けようと思えば、いくらでも手を掛けられるものですから

社長:さて、何を作ろうか。まず最初は何がいいと思う?

水島:好きなものでいいんじゃないですかね

社長:苦手なものもないかわりに、好きなものっていうのもなくてね

水島:それじゃ、最後の晩餐はどうですか?これが人生最後の食事だという時、なにを食べたいですか?

「最後」は魔法の言葉です。買い物中にセール最終日と聞くと、覗かなきゃと思うし、最後の一つと言われると、買わなきゃという気になります。そこにあるのは、逃したくないという想いです。

もし、あなたの人生は今月限りと言われたら、何をしますか。おそらく、最後の時間にあてたくなるのは大事なこと。そこにきっと、夢中になれるものもあるんじゃないかと思います。

 

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ここまで読んでくださって、ありがとうございました。