Book In Life 迷子の本棚

読書で心を癒しましょう。テーマにあった本や映画の紹介と、その本や映画を通じて考えたことをアレコレ書いています。本に出てくるお料理の再現にも挑戦しています。

「愛」とは、いかなる感情なのか

私たちは、ことばを使って想いを伝えます。

「目は口程に物を言う」と言われるように、思いを伝える手段は他にもあるけれど、「口に出して言わなきゃ、伝わらないよ!」と言われるように、やっぱり、想いを伝えるのには、ことばが大事です。

そんな大事なことばには、落とし穴があります。
それは、ことばの発し手と受け取り手が、受け渡していることばの意味を分かっていなかったり、取り違えているかもしれないということです。

 

辻仁成さんの『愛情漂流』

娘を同じ幼稚園に通うわせている縁で親しくなった2組の夫婦、理沙と芽依汰、早希と純志。理沙と純志は、出逢った途端に惹かれ合いセフレに。芽依汰と早希は、プラトニックながら、常時ラインでつながり、ソウルメイトと呼び合う関係になります。

なぜ、この人と結婚したのか。自分が愛しているのは誰なのか。そもそも、愛するとはどういうことなのか。4人の男女が愛を模索します。

愛情漂流

 

「愛している」という感情が分かりません。正確には、「愛している」という確信を持つことができません。

味覚を表すことばを説明する、理解するのは、むずかしくありません。お砂糖をなめてもらって、あるいは、お塩をなめてもらって、そこで味わう感覚が甘い、辛いだよと声をかければ、同じ理解を持てます。

「愛」はよく耳にすることばだけれど、「愛している」とは、どういう感情なのでしょうか。

海外の映画やドラマをみると、日本人は愛情表現が少ないことに気づかされます。親子や兄弟の愛だで「愛している」と言いあうことはないし、ハグなどのスキンシップも幼児期の子どもに限られます。

もちろん、親子愛、兄弟愛は存在します。とくに母親の家族や子供に対する愛情は、しばしば、お話のテーマになっています。どれも、そこにあったことに気づく、そんな愛情で、積極的に愛情を伝える姿は見かけないような気がします。

だから、私たちは、自分が「愛」をただしく理解しているかを確認できません。それなのに、人生に恋人が登場すると同時に、急に「愛」を表現することを求められます。

誰を愛しているのか。自分は愛されているのか。そもそも「愛している」とは、どんな心の状態をいうのか。分からなくて当然。互いの想いを確認して結婚に踏み切った後もまた、確信が持てずに迷い、愛情を漂流させてしまうのです。

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございました。